発達グレーの息子、診断までの半年間|夫の葛藤と私の孤独な戦い【中編】
診断をすすめられたきっかけ
教室に通っても、息子の行動は変わらず、ますますエスカレートしていく日々。
毎日、保育園の先生に謝り、連絡帳には家での様子や試したことをびっしり書いて渡しました。
「何か役に立てば…」そんな思いで必死だった頃、担任のS先生からの一言──
「病院で診てもらった方がいいかもしれません」。
この言葉がなければ、息子が発達障害だと知ることはもっと遅れていたと思います。
夫に話す前の私の準備
最初は戸惑いでいっぱいでした。
「なんで?」「何がわかるの?」と頭の中はぐるぐる…。
でも調べていくうちに、息子にも、そして夫にも当てはまる項目が多くあることに気づきました。
「なるほど、似てるのはこういう特性からだったのか」と妙に納得したのを覚えています。
とはいえ、すぐに夫に伝えるのは無理だと判断。
受診先・費用・検査内容・支援の種類…どんな質問にも答えられるよう、徹底的に準備をしました。
話し合いと夫の葛藤
「発達障害=障害者」という古いイメージが強い夫。
案の定「どこがおかしいんだよ!」「息子を障害者にしたいのか!」と怒り出しました。
“受け入れたら、自分もそうなんじゃないか”という葛藤もあったと思います。
そこから半年。何度も、丁寧に、でも諦めずに伝え続けました。
夫が納得するまで、私は何度も説明し、待ちました。
私の心と体の限界
そんな日々のなか、ある日息子に言われた言葉──
「ママ、ここハゲてるよ?」
円形脱毛症でした。
気づけば抜け毛はどんどん増え、排水溝は真っ黒。
帽子がないと外に出られないほど、髪は薄くなっていきました。
その上、稽留流産で手術もあり、心も体も限界。
それでも「息子の未来のために」と動き続けた半年でした。
▶後編へつづく



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